風のように木々の葉をエメラルドグリーンから銀色変えたり、大木を動かすこともできたし、赤ん坊の肺や愛する者の口の中に入り込んでから、再び雲の中に戻ってそれを押しやることもできた。風になったとき私は最高の動力となったのだ。それは、決して飼い慣らすことのできない激しい動きであり、完全に自由であった。つまり、重さからも、大きさからも、時間からも自由であったのだ。
風になったとき、人間は自分自身について無知であれば、どれほど小さく無力であるか、そして知識の中へと自分を広げていけば、どれほど偉大になれるかを、私は理解した。
ただ単に望むことを通して長い間何かについて思いを巡らせば、それが何であろうと人間はそれになるのだということもわかった。私が風の王になったときに…。そしてもし人が自分自身を神と呼ぶならば、その人間は実際肉体も神となるのである。
(マーフィー博士もピール博士も思いを巡らせることや、言霊を潜在意識に送り込むことで願いを叶えることを教えている。ラムサは、可能か、不可能かの判断をやめて『在る』という意識のみでイメージするということか?)
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