「ひやくふとういちろう」
と読みます。
禅宗の教えだそうです。
百回矢を射て、当たらない。
百一回目に当たった。
その百回は一回当たるためのものである。
百不当も一老と変わらぬ道の途中である。
と言います。
世の中にある、
様々な教えは当たり前のことを
言っていることが多いと思います。
しかし、我々が当たり前のことが
解らなくなっているから
その教えたちが有り難くなります。
例えば、
人里離れた自然の中で、
天地自然を師とすれば
もっとゆっくりシンプルに
大切なことに気づくことが、
多くの人との暮らしの中で
セカセカ学ばなければなならないとすれば、
学ぶことの何と過酷なことでしょう。
過酷だからこそ
また得るものが多いのかも知れませんけどね。
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